付録

湯治場は暇の治外法権 どうやら僕はここに漂着したらしい

【枕湯治】
【湯の華】

湯治のごどだべ……ふうぅ、考えごどは風呂ん中でするもんでよ~。
湯治っつってもなぁ…ある意味、すんごぐゆる過ぎで、
俺もよっぐわがんねんだ(笑)
肘折の地理歴史どが、温泉の効能や古来の湯治療法どが、専門的なごどは他当だってけろ。
一応こごでは普段自分が感じてるごどだげ言おうど思う。
旅館ば営んでっけど、俺ぁ
毎日湯治してるみでぇなもんだがら。
『傷つかない心なんてない』
どが何とが言った昔の人がいだっけなぁ。
人間だば、生ぎでっと知ゃね内に傷ついでんのがもすんねな。
体はもぢろん、心もよ…。
今の時代、みんなが農家や漁師の人達みでぇな疲れ方するわげでねぇべ。
みんながいわゆる病後・術後ってわげでもねぇべ。
んでも、どごが疲れだり病んだりしてっぺ。
下手すっと自覚もねぇがもしんねげど…。

いっぺん、自分ば湯さ任せで、まるまる遊ばせでみ。
昔っがら肘折の温泉はよ~ぐ効ぐがら。
個人差はあっけど、湯が効ぐどよ、体がだるぐなって眠くてしょうがねぐなるんだ。
体の節々が痛ぐなったり、食欲ねぐなったりもする。
湯治は『刺激療法』だがらよ。
逆に、体さ眠ってだ疲れが起ぎでくるんだべな。
心が疲れっだなぁ、しんどいなぁ~、と感じる時は
思ってだ以上に体も疲れでんのがもすんねぞ。

凝り固まったものば解きほぐしてよ、
気だる~いまどろみがら目覚めっと
何だが、もいっぺん自分の身体ば取り戻したみでぇにすっきりだ。
湯さ浸かっでよし、だる~ぐ眠ぐなったら眠るだけ眠ってよし、
そんで地元の旨ぇもの食ったり、温泉街ば散策してよし、
お喋りしたり、アートしてみんのも面白ぇ。
温泉で生まれだシンプルな「暇」さ浸る、束の間の贅沢。
湯治の醍醐味の一づだなぁ。

遊ばせでみ、自分ば。時間さも空間さも余白ばつくってみ。
ほいづをば、ゆるやが~に人ど共有出来だら
まして安らげるんでねぇが。
お客さん同士、旅館の人も含めで、
仮にも一つ屋根の下で過ごすわげだし。
引いでは肘折温泉全体でも言えるごどがもすんねなぁ。
いろ~んな人さ、
「湯のある暮らし」ば体験してもらいでぇんだ。

あ”~ぁ、喋り過ぎだわ。
まんず余計なごど考えねで、風呂入ってげ。
「あ”~気ん持ぢいィ」がら話は始めっぺ。
…んだば、まだな。

(…ぱたり) ※長風呂にご注意

(ぽちゃん)))。

          白い若旦那

~ 旅人へ ~

旅したい
いっそのこと、引っ越したい
いつだって僕はそう考えている
だが今日もたまたま、ここより行くあてがない
風呂を磨き窓を拭き、旅人を迎え入れ、
朱塗りの食膳に微笑をそえて運ぶ
湯のある暮らし
非日常と誰それは言うが、この湯治場こそ僕の日常
都会とは違う「異日常」なだけ

その日その日を安んじたい
言うなれば、損したくない
いつの間にやら胡坐をかいている
僕はよれよれの慣習の毛布に包まりながら
米屑も言葉もつぶさに拾いあげ、他人より多ければしめたもの
日々のチラシに目を通し、思い出したように吐息を掌で嗅ぐ
己の玉座の下に組みこんだ時と金とを両輪のように駆って
どこぞの名所旧跡行楽地や温泉街の悦楽をかすめ取ろうと腐心し、
胸にしっかり抱えこんだらいつもの日常へ遁走するのだ

怠惰はどこまで強欲なのだろう
山野にも露わなその泥の肢体に誘われ、
おぞましさを侮蔑しながら昼からこそこそ寝床で懇ろ
眠りを饅頭のように食べこぼし、
頬をなでるそよ風に愚痴も嫉妬もない混ぜに、
このカルデラにひた響く湯水の音をぼんやり聞いている
ああ、暇は僕の愛人だ
畳、縁側、木陰、川べりでも密会し放題
湯治場は暇の治外法権

自然は怠惰を嘲笑しない
谷川の清流だろうが窪地の汚泥だろうががぶ飲みし
ごんごんと吐き戻している肘折の温泉が土砂を、ぼろぼろの落葉を、
家々の配管を、人々の喉を、損得勘定を、世代と世代の関節を、
美しく濁ったエメラルドやトパーズのおびただしい瘤に固め、
過ぎ去ったはずの痛みをいともたやすく描いてみせる
ふいに風呂場の天井から背中へ滴る水滴に窒息する時、
湯花の涙が大空にすがっている
どうやら僕はここに漂着したらしい

歳月が猛禽のように梁や柱を掻き、数字が病葉のように瞳に繁り
人が人を呼び止める間もなく、またぞろ天災が心身をねじる
まったくどんな傷を自然の恵みで湯治できるだろうか
湯船に骨身を沈めるたびに、濁る母音の「あ゛~お゛~う゛~」
畳に仰向けのまま路地裏や石段を漂う湯気の白昼夢
すり減った己の存在を欠伸ついでに遊ばせようか
蕩児のような自然の健やかさを覚えている、
束の間の暇を愛する人よ、
僕によく似た旅人よ!

          黒い若旦那